けっして親や友達や恋人(いないけど)には見られたくないブログ(略称)

(日々の体験やその中から感じたことを文章にして、面白おかしくみなさんに読んでもらいたいという崇高な精神で始めたわけでは決してなく、ただ単にいつか周り回ってお金にならないかなぁというよこしまな気持ち100%で始めた)けっして親や友達や恋人(いないけど)には見られたくないブログ(正称)

今年はいくぜ

生きてるとマジムカつくことが多いぜ。

これって僕だけなのかな。

まあ、僕だけにしろ、僕だけじゃないにしろ、この感情は将来かなりいい材料になると思います。

自分にはクソみたいな現実に対して、歴史上のクソみたいな奴らのように、クソみたいな行動で解決するようなクソみたいな気持ちがないことだけは信じられる。

俺はそんなことしない。

てめえらがやってることより、俺がやってることの方が素晴らしいだろ?分かったら、しっかりやり方教えてやるから、よーく見ておけよ。分からなかったら、何度だって丁寧に教えてやるよ。

お前の想像力の枯れ果てたおが屑みたいな脳みそじゃもう考えないようなことを俺が現実のものとして目の前で見せてやるから、しっかり目を逸らさず見てろ。

理想ってものがどんなものかしっかり見せてやるよ。そしたらお前もちょっとはやる気になるだろ。ちょっとは頑張ってみようかなってなるだろ。

そうやって示してやる。

勇気や信念のないゴミども。俺がしっかり教育してやるよ。

 

僕はもっとバチバチに生きたい。もっとキツイことをしたい。もっと怖い道に進みたい。もっとリスクを取って、転んだら終わりのような生き方をしたい。

22で真剣に人生を考えはじめてここまでの6年間で確実に人生は良くなってきている。いろんなことを学び、いろんなことを考え、いろんな結論を得て、いろんな素晴らしい人たちに出会い、数少ないチャレンジを経て、ここまで来れている。

だけど、こんなんじゃあダメでしょ。全然。全然ダメだよ。

こんな安全で、確実なルートで生きてちゃあ、ダメでしょ。一寸先は闇で、あれ(焦)、ワンチャンこれ次の一歩の地面ないな(汗)、ラッカスッカモ(笑)みたいな感じじゃなきゃダメでしょ。

自分のなかに自分を留めるものがある。それはなくなることはないと思うけど、今年はそれを何度も何度も乗り越える年にしたい。だから今年はバチバチにチャレンジするぜ。見ててくれ。

 

勇気のないゴミクズども。ほぼ全ての大人に見せてやる。どうやって生きることが出来るのかってことを。てめえの安心だけ考えて、てめえのことだけ考えて、保身に走りまくってる過去の自分にも見せてやる。人間ってのがどんな風に生きることが出来るのかってことを。

だから待ってろ。今に見せてやるぜ。

 

今年はバチバチにいくぜ

自由とホームレス

サンフランシスコにはホームレスが多い。

ホームレスが集まってしまうから公衆トイレも閉鎖したようだけど、その結果道で用を足す人が増えて、悪臭が立ち込める箇所もかなりあります。

 

僕も到着初日に電車から降りてテクテクのテクぐらい歩いたら、いきなりホームレス地区に迷い込んでしまって、大変な悪臭のなか道端で屯するホームレスやヤク中のなかを縫って、なんとかその場を抜け出しました。

 

あひゃ〜、ヤベえなこの街は。

 

サンフランシスコといえば、お金持ちが住んでいて綺麗で治安がいい街というイメージだったけど、それはこの街の一部であって他の側面もあるということを知りました。

 

アメリカは自由の国だと昔からよく言います。自由を感じる時に何より幸せを感じる僕としては、自由の国はとても自分に合っている国なんじゃないかと思っていました。しかし自由であるということは、大きなリスクをはらんでいるということを実感しました。自由であるということは、外部環境があなたに自由以外の何かを保証してくれる訳ではありません。もしあなたに人間として最低限度の生活を営む能力がなければ、あなたはそれを手に入れられませんし、あなたはそれを誰かのせいにすることも出来ないのです。

 

日本は、おそらくそういったリスクを軽減することに最も成功した国の一つなのでしょう。その分、自由の度合いは削減されますが、客観的に目に見えるかたちでの不幸も削減できているのではないかと思います。

 

自由は大きなリスクをはらんでいます。その環境のなかでは、自分の望む方向に進むことも可能ですが、自分を律することが出来なければ自分の望まない方向に坂道を転がり落ちることも容易なのです。日本では坂道を転がり始めたらかなり早い段階で制度上はセーフティネットに引っかかるようになっています。しかし、自由の国ではそんなネットなど存在せず、自分でなんとかするしかないのです。

日々徒然

梅雨も明け、本格的な夏を迎えましたが、皆々様いかがお過ごしでしょうか&暑中見舞い申し上げfu*king shitクジャベナ★☆你好ベイビー回鍋肉。仙台からお届けします。

 

僕は自分の未来を実現したいのです。今は強くそう思います。未来は、将来を妄想するときに「こうなったら嬉しいな」というものからは、かけ離れているものになるでしょう。ですが、十分にありうる「そうなる可能性」を受け入れてでも、現実に大して自分の妄想をぶつけてみなくはならないのです。今思うことを、今実行してみないといけないのです。なぜならば、それを実行し続けることが「よく生きる」ということであると、僕は思うからです。

 

今日、祖父の葬儀の最中にお坊さんの念仏を聞きながら、死ぬと分かっていながら、この生をどのように生きるべきなのか考えました。僕が今日得られた回答は「よく生きたい」ということでした。では自分にとってよく生きるとはどういうことか考えると、人に優しくすること、好奇心にしたがって行動することだと思いました。それは個人的にとてもしっくりくる回答でしたので、自分の今後の指針にしていきたいと思います。

 

ですが、この二つのことを日々具体的に実行することは大変に難しいことです。僕としては、どうしても人に優しくなれない時が多く、イライラしたり、ムカついたり、なんかちげえだろって思ったり、こいつダメだなって思ったり、距離を置きたくなったり、気付いたら人を威圧したりしてしまいます。

また、好奇心に従って行動することも難しいものです。それは人が考える生き物だからだと思います。こんなことやっても意味ないよなとか、こうなったら嫌だな、とかと考えて結局行動することを辞めてしまいます。そうなんです。大抵、というかほとんど、almost of all辞めてしまうんです。たとえ思いついたとしても、すぐにそれをやらないでおいた方がいいに足る正当で、リーズナブルで、安心できる理由を見つけ出して、結局辞めてしまうのです。それは正当な脳の働きによるものですので、我々をここまで導いてくれた脳の反応を否定することはできません。その脳の働きにより僕は守られていますから。しかし、その脳の正当な働きを乗り越えて、僕は好奇心に従って生きなければいけないと思うのです。

 

失敗したらどうしようと思うことが多いです。うまくいかなかったらどうしようと。いやいや。うまくいかないんですよ。絶対に。初めからうまくいくものなんてありませんし、言ってしまえばうまくいった事象のなかにも必ずうまくいっていない部分を見つけ出すことは可能なのです。だから大切なのは、思うようにやってみて、振り返ってみて、修正することなんです。

 

僕自身、踏み出す前にあれこれ悩んでしまうことがありますが、経験していないことで悩むのは、一発目でうまくいかないといけないと思い込んでいるからです。経験を頼りに、その振り返りを行い、修正点を見つけて修正と向上を繰り返していくアプローチの方が、よっぽど生きている実感があります。僕たちはもっとドキドキしながら生きていかなくはいけません。

 

僕はアメリカ留学をした後は、アメリカだかどこでもいいのですが、日本以外の場所で働いて資金を貯めて、余裕のある世界一周をします。ただ単に世界中の国をまわってもつまらないと感じてしまうと思うので、僕はもっと現地の人のコミュニティで生活できるような工夫をしようと思います。具体的には、アメリカ留学でできた世界中の友達の国を訪ねて実家に泊まらせてもらったり、DMM英会話で仲良くなった先生の国を訪ねてその国を案内してもらったりです。そんなことができたら、その国を少しは知ることができますし、僕にとって何より重要な「その国の文化を知ること」ができると思います。

 

これが僕にとって好奇心に従って生きる=好奇心に従って動くということです。世界にはどんな文化があるんだろう。僕にとって最大の好奇心はそこにあるので、是非この世に存在している間に思う存分、その好奇心に従って動き回りたいと思います。

 

追記 

Y-3

 

自分がどうするべきか、どうしたらいいのかわからない時は、視点を変えてみることが重要です。僕はよく迷うことがある人間なので、よくこの思考法を試します。まあ試すといっても1分ぐらい考えてみるだけのものですが。視点を変えるとは、未来の自分を起点に考えてみるということです。自分がこうなったらいいなと思う自分の未来像を出来るだけ具体的に想像してみて、その自分になったつもりで、今の自分にどうするべきか、どうしたらいいのかアドバイスしてみるのです。未来の自分はなんて言ってましたか?未来の僕は、やりたいようにやれって言ってました。だから僕は、将来の道筋なんて全く見えませんが、アメリカにいってみて、世界一周を自分のやり方でやってみようと思います。「やりたいことを、やりたいように、やれ。」つまり、Y-3です。Yoji Yamamotoです。adidasです。あー、違うわ。かっこいいけど無駄に高い全部黒のブランドとかぶってややこしいから、僕はこれを3-Yと命名します。僕の将来の会社の社名にしようかな。社名は僕の口癖の「Thanks man!」にしようかと思っていたのですが、ここに来て強力なライバルが出現しましたね。さてさて、どちらになるのかしら。未来の僕に聞いてみても答えは返ってきませんでした。きっと他の名前になるのでしょうね。

人生「生きてこそ」だ。でも同時に死は美しい。

最近、本当にビールが美味しい。喉越しというよりは、後味の麦の味がなんともたまらない。麦ジュースを飲んでるみたいな感じ。なんでこんなに美味しいのだろう。不思議だ。だけど、もっと不思議なのは、この麦ジュース、子供の時飲んだら、クソ不味かった。匂いもなんか、臭いし、ダメな大人の飲み物というイメージしかなかった。あれれ、僕は、ダメな大人になってしまったのかな。味覚というのは不思議なもので、子供の時はなんとも思わなかったようなものを、大人になったら美味しく感じるようになり、子供の頃、あれだけ好きだったものでも、大人になったら別に食べたいとも思わないものも多い。僕は、小さい頃、食卓に出る味噌汁を、最後に処理しなければいけない汁物のタスクぐらいにしか考えていなかった。だけど、今は味噌汁が本当に美味しい。しみる。僕は大学院生の頃、深夜食堂というドラマで主役のおじさんがつくっていた豚汁が美味しそうで、ネットでレシピを見つけて、真似して作ってみた。そして、出来上がったその豚汁を食してみると、脳に衝撃が走るほど美味しかった。ちょっと感動的に美味しかった。それから、本当に味噌汁は僕に欠かせないものになった。

人生はながい。その長い時間を通して、僕たちは色々なことを経験する。それと同時に、同じ経験をしても、違った感情を抱くようにもなる。それは自分の何かが変わったからだろう。経験の帰結としての心の動きが変われば、それは違った経験になる。今、どうでもいいことや、今どうでもいいひとが、将来の自分にとっては大切なものになったり、大切な人になったりする。人生は分からない。本当に分からない。

だから、生きなくては分からない。将来を決めてしまってはいけない。将来を決まったものとして考えてしまってはいけない。今、出来なくても、将来は出来るようになっているかもしれない。今、出来ても、将来は出来なくなっているかもしれない。今、味わっている感情を将来は味わえないかもしれない。今、味わえない感情を、将来は味わえるかもしれない。

人生は、生きてこそ、だ。生きないと分からない。いいことも、悪いことも、生きた分だけ分かる。だからこそ、生きてこそだ。生きないと分からないのだから。未来に希望を託す必要はない。

生きることは難しいことだ。けっして簡単なことじゃない。だから、生きさえすればいい。それだけで、だいぶあなたは頑張っている。

死ぬことが悪いことだとは思わない。自殺することが悪いことだとは思わない。自分の人生を終わらせる権利は、どんな人間にもある。「死ぬということさえ、自分で決めることができると思えた瞬間、楽になれた。」と、北欧の方のパラリンピックの金メダリストが言っているという記事を見たことがある。その記事はとても僕の心を揺さぶった。彼女は、とても苦しい病気に苦しんでいた。苦しすぎていっそ死にたいと思ったことも何度もあったのだろう。彼女の国は安楽死が合法化されていて、彼女は自分が人生を終わらせると決断する数年前に、安楽死の同意書のようなものにサインしていた。そして、そして自分で自分の死を決めた。それはとても美しいことに思える。生きることと同じくらい、死を自分で決められることは美しいことに思える。

死は悪ではない。スティーブジョブスの有名なスピーチの中に、死は生物が生み出したもっとも美しいものだ、というニュアンスの言葉があった。死は、個人の終わりを意味すると同時に、その生命体全体の更新を意味する。死があるからこそ、生命体は更新していくことが出来る。死は美しい。

同時に、生も美しい。

 

この文章を書いていて、『Alive』(邦題『生きてこそ』)という映画を思い出しました。今度、また見てみます。母が自分に見せてくれた映画でした。

 

生きてこそ。

文化について書こうと思って書いていたら、いつの間にか将来の夢について書いてしまった

高校生の頃、どっかからの家に帰るの車のなかで、母親に、「(大学では)どんなことやりたいの?」と聞かれ、「文化を学びたいな〜」となんとなく思っていたことを言った気がします。でも、母親から、「文化を学びたいって具体的にいったい何を学びたいの?」と、母親にそんな気はないにせよ、(今考えれば完全に会社の上司並みに)詰められた時に、僕は案の定、しっかり詰まってしまいました。なんとなく、自分が興味があるぼんやりとしたものを表現するために、自分が知っている言葉の中で、もっとも似通った気がするものを思い浮かべると、それは文化という言葉でしたが、自分でも文化を学びたいということがどういうことなのか、うまくこれだ、と言うことは出来ませんでしたし、それに近しい大学の学部も見つけることは出来ませんでした。

 

しかし、その想いは今になっても、自分の中に残っています。単に消化できていない想いとして残っているのか、自分が求める本質的なものとして残っているのか、今の自分には分かりませんが、それでも確かに残っています。

 

母親からの1on1の詰め問答にあった頃より、時は10年ほど経ち、27歳になった今では、当時より、文化というものを自分なりに表現することが出来ます。今の僕が考える文化とは、「あたりまえ」のことです。辞書的な意味では、文化とは複数の人間からなる集合体のうちに共有されている何某という感じで、複数の人間に共有されていることを前提とするのでしょうが、そこまで考えてません。僕は、色々な「あたりまえ」に大変に興味があります。つまり、色々な世界に興味があります。それは単に世界に対する好奇心からきているものでしょう。

 

世界のあたりまえの中には素晴らしいものがあります。イギリスにいた時に、オートバックスだか、ミルウォーキーバックス(NBAチームです)だか、いや違う違う、あれは、そうだ!、スターバックスの店から外に出ようとした時に、20歳前後の美少年3人組が、僕のために外からドアを開けてくれて、なんとも忘れられないぐらい美しい笑顔で、まるで天使のように優しく微笑んでくれて、僕を先に通してくれました。僕が女の子だったら、その瞬間、その3人全員に同時に恋してたくらいに素敵な瞬間で、というか彼らのような天使に恋できるなら逆に僕が女の子になってやってもいいなと思えるぐらいに、(まあイケメン補正もかかっているのでしょうが)、めちゃくちゃ感動的というか、感嘆としてしまったというか、感傷にふけったというか、感銘を受けたと言うか、感化されたというか、カンニング竹山というか、そんなシーンでした。そのことについて、わざわざスペインから僕のいるオックスフォードまで訪ねてきてくれた中学生時代の友人に話したところ、彼も同じような体験をイギリスでしたらしく、「かなわねぇなって思った」と言っていましたが、まさに彼の言葉通り、あんなイケメンにあんな紳士的な振る舞いを、別に可愛いブロンドの女の子でもない、ただのちょっと顔の濃いタイ人風の日本人の男子大学生にしてくれる彼らになんて、到底かなわないなって思いました。

 

それは僕がもっともイギリス文化を感じた瞬間でした。そこで初めて、イギリスが紳士の国であると言われる所以を知りました。彼らの中に根付く、Be gentlemanという文化は、僕たちの国のあたりまえには存在しないものです。

 

ちょっとしたきっかけで訪れたオランダではまた違った、素敵な文化に遭遇しました。オランダに行く前の僕のオランダのイメージは、南アフリカワールドカップのサッカーオランダ代表に、ハゲッベンやハゲナイデルやハゲティンガなど、ハゲの選手が多かったこともあり、ハゲの国という程度でした。しかし実際に、僕が、短期間ですが泊めてもらったオランダ人の友人の家族の家庭では、日曜日は別々に暮らしている息子たちも教会に集まり、家族と会い、その日の昼は家族で昼食をとり、平日の夜には週2回ほど、家族でダンスを踊りに、ダンスクラブにいき、そこで地元の幼なじみや近所の友人たちとの交流を楽しむという、家族、友人含めて、非常に人と人の結びつきが深い文化でした。それは本当に素敵な文化だなぁと僕の目にうつりました。そして案外ハゲはあまりいませんでした。

 

世界のいろいろな素晴らしいあたりまえを知ること以上に素晴らしいことは、この世にはないように、僕には思えます。しかし、それはきっと自分が気が付けていない、もしくは感じられないだけで、必ずこの日本にもあるものです。僕たちの文化には、紳士たれ、という文化も、人との親密な結びつきという文化もありませんが、きっと律儀さとか、丁寧さとか、そういった僕たちのあたりまえの素晴らしさがあるのだと思います。それは人の利点によく似ている気がします。ある人にとってはあたりまえのことでも、他の人にとっては素晴らしい面にうつることがよくあります。人には必ず長所がひとつ以上あると、昔から母親が繰り返し言っていましたが、それと同じように、素晴らしいあたりまえが、少なくとも、文化と呼ばれるものの数だけ、この世界にはあります。

 

僕は世界中の素晴らしいあたりまえを知りたい。

 

世界の素晴らしさを知りたい。それを知った瞬間の感動は、決して一瞬のものではなく、永続的に自分の中に残る感動になるのです。僕は、そういったことをこれからもたくさん経験したい。そして、そういった自分の世界が広がるような素晴らしい経験を、他の人たちにもさせてあげられるような、何かを、創りたいのです。

 

以上、文化について語っていたら、いつの間にか、将来の夢について語っていたという、なんとも脈絡がない、語り書きになって候で、したっ!

 

 

 

それではみなさん、おやすみなさい。

しみるぜ、尾崎

 

先日、会社の同期3人で江ノ島までサーフィンをしに行きました。波も素晴らしく、さあ練習するぞー!とみんなで海に飛び込んでいきましたが、開始5分で同期のうち1人が波にのまれ、その衝撃で肩が外れてしまいました。結局、救急車で病院に直行しなんとか事なきを得、大変だったね〜などと話しながら藤沢駅をぶらぶらしていると、なんだか渋い声で、だけど情熱的に路上ライブを行っている方がおりました。結構人だかりが出来ていて、僕らも聞きに行ったのですが、それがまあ、路上ライブにしては、にしてはと言っては失礼千万ですが、まあ、にしては、しみるわけです。僕ら3人、最初はうまいね〜とか、これなんの歌だろうね〜と話していましたが、そのうち、なんか歌い方尾崎じゃね?となり、これなんの歌だろうと歌詞検索してみたら、尾崎の歌でした。確かに、その路上ライブを聞き入っている観客の方々を拝見すると、年配の方も多く、ストカンを持ち、滲み入るように聞き入っているおじさんもおりました。なんだかこんな風景いいな〜と思いながらも、随分前に死んでなお、今を生きる人に藤沢の路上で一青年に情熱的に歌われ、さらにその歌で藤沢駅を通りかかった人たちを感動させる尾崎豊は、すげえなと感嘆させられました。なんかよくわかりませんが、尾崎豊は我々の味方といいますか、我々の中に確かにある、しかし世間体だの常識だのを気にしてなかなか外に吐き出すことの出来ない想いを代弁してくれる存在であるように感じられます。尾崎豊もそんな風に感じていたんだ。自分が感じていたことは何も間違ったことじゃないよな。やっぱりそうだよな尾崎。と思わせてくれる、そんな存在に思えます。彼の歌はほとんど知りませんが、社会の想いを代弁してくれる、その想いを恐れず吐き出してくれる、同じ想いを心に抱えている人に勇気を与えてくれる、そんな存在は、きっとどこの国でも、どの時代でも、どの職業でも、素晴らしいものですね。あまりぱっとは思いつきませんが、ちょっと昔の日本でいうと美空ひばりだったり、アメリカではボブディランだったり、ジャマイカだとボブマーリーだったり、ボブサップだったり(それは違うか。)、現在だと、あいみょんとか、レディガガだったりするんですかね。歌手に限らず、政治家だと、ケネディやドナルドトランプだったり、いい例ではないですが昔のドイツのヒトラーだったりするのかもしれません。社会の声を言葉にして、それを表現する人はおそらくどの時代にもいて、人々から指示されたのでしょうね。

 

かくいう僕も、この歳(27歳)になって初めて、尾崎豊の素晴らしさを感じることができるようになったのかもしれないと思うと、今さらか〜という思いと、なんだか嬉しいな、という想いの両方があります。だって何かを素晴らしいと思えることは、素晴らしいことではありませんか。僕は、あの路上ライブをきっかけに尾崎豊の歌を聞くようになり、うわ〜、いいな〜と思うようになりました。尾崎豊は15の時に自由を渇望し、社会に逆らいたいと思っていたのかもしれませんが、僕は27になり同じ想いを抱えています。(そういえば、同じことを24ぐらいでアンジェラアキの歌でも感じました。拝啓。15の君へ。的なあの歌です。)

 

15の自分を振り返ってみると、何も考えていませんでした。ただただ生きていました。自由についても考えたことはなかったし、生きるということについても考えたことはなかったし、自分という存在についても考えたことはありませんでした。ただ今になり、ようやく僕にもその時期が訪れました。作家の立花隆は青春漂流という本のなかで、その時期のことを青春だと定義していましたが、僕にもようやく青春が訪れたのかもしれません。そういえば、僕の人生に青春ぽい青春はありませんでした。これが青春だとすると、それはドラマや映画で見ていた甘酸っぱい青春とはだいぶ趣を異にしております。それは、どっしりと重たく、まるで濁流のように僕を飲み込み、常に生きずらさを感じるものです。そしてその濁流の中にいる時、常に答えというものはないものです。もしかしたら答えが見つかるか、答えがないことを受け入れた時に、その青春は醒めるのかもしれません。

 

ただこのクソみたいに生きづらい、自分を疑い、幸せをなかなか感じられない青春という時期を過ごすことは何も悪いものではありません。それは人生の今まで知らなかった側面を知ることが出来るからです。これまで考えてこなかったことについて考え、これまで自分になかった考えを自分の中につくっていくことが出来るからです。また尾崎に染みることが出来るもの今だけなのかもしれません。この夢から醒めたら、そんなバカみたいに、ガキみたいなこと言ってないで、賢く生きろよ。と、冷めた目で見てしまう大人になってしまうのかもしれません。それは人生のあるステージに達したということで成長なのかもしれませんが、同時に、生きるということに対する真剣さと自分らしさを失っていうという意味で老化と言えるのかもしれません。芸術家の岡本太郎は、きっと死ぬまで青春のなかに居た稀有な人なのかもしれません。僕は、岡本太郎みたいに死ぬまでこの青春の中にいたいとは思いませんが(だってそれはあまりにしんどいじゃないですか笑)、今はこの青春を起きるしかないようですので、しっかり生きたいと思います。

 

いつかこんな話を、どこかのノスタルジックなバーで、ウイスキーでも飲みながら、誰かとお互いの経験を同じ温度感で語り合えたら、それは、まさに最高と呼びたくなるものなのでしょうね。もちろんBGMは尾崎豊で。

 

 

 

おしまい

文化浴泉

 

 渋谷の隣駅、池尻大橋から徒歩5分足らずの場所に、なんとも大正ロマンを感じさせる浴場がひっそりとたたずんでおります。その名を文化浴泉といい、銭湯、サウナ好き界隈ではかなり人気な浴場だ。混んでいる時は10分20分と待たなくては入れないし、サウナはいつも満室で、男子浴場ではよくサウナの列をなしている。裸の行列ってなんか変な感じですよね。

 しかもこの文化浴泉、他の浴場とは趣を異にしている。銭湯、サウナというと、ご高齢の方々が行くところ、といったイメージがあるが、文化浴泉に来る客層は、若者6割、中高年3割、お年寄り限りなく0割に近い1割で、若者に人気だ。それもなんだか、ちょっと変わった人たちが多い。男だと、というか僕が男だから男の客層しか知らんのだけど、ロン毛だったり、タトゥーが入っていたり(そう。文化浴泉はタトゥーOKみたいなのです。)、なんだか雰囲気のある人たちが多い。ミュージシャンとか、アーティストなのかな、サラリーマンぽくない人が多い印象。

 それはそうと、裸の人を見て、その人の職業を立てるのは至難の技ですね。情報が、髪型と、筋肉と、タトゥーしかないんだもの。浴場にいくと、なんだか、普段の生活では関わることのない人たちを見ることが出来て、なんだか楽しいですよ。それに、浴場では僕たちみんなイーブンな感じがして、その感覚もまたよきものですね。

 

 この文化浴泉の素晴らしさは、なんと言っても雰囲気なのです。どんな雰囲気かって?大正ロマンです!大正ロマンがなんだかって?んー。難しいこと聞きますね〜。大正ロマンは、、、大正ロマンでしょ。と、いっては芸がないので、もっと分かりやすく言い換えると、幕末の開国以来、流入してきた西洋文化と、日本古来の伝統文化が、大正時代に奇遇にも運命の出会いを果たし、逢瀬を重ねるうちに合体したロマン溢れる文化、そう、もっと分かりやすく言い換えると、なんだろう、そうだ!まさに大正ロマンと言えるものです!この完璧な説明に不満がある方は、どうぞ広辞苑へ。

 

 そんな大正ロマン溢れる雰囲気のなかで、過ごす時間というのは、とてもリラックス出来るものなのでございます。浴びるシャワー、浸かる風呂、耐えるサウナ、さらに耐える水風呂と、どれも至極な時間なのです。

 しかし、なぜ疲れを取りに、リラックスするために行ったはずの浴場で、耐えるなんてバカバカしいことをしてしまうのでしょうか。僕もしょっちゅう、なぜかサウナに入ると、絶対〜分は入るぞ、と、謎の目標設定をしてしまい、さらに隣のやつより長く入るぞ、という謎の独り勝負を始めてしまうのです。昔、ジョージアのCMで、「男ですいません」と題した面白いシリーズCMがありましたが、まさにそんな感じで、男ってバカだな〜と思います。しかし、時々、サウナに限界まで入りすぎて、サウナから出るときに、死にそうなぐらいフラフラになって、「す、す、すいません。でます。」とかすれ声で言ってくる人や、フルマラソン走った直後みたいな顔してサウナで耐えている人を見ると、この人たち何しに来てんのwwwと、ひとり笑いがこみ上げてきます。マジ、あれなんなんだろうな。まあ、僕もやってんだけど。

 

 サウナ好きにとって文化浴泉の素晴らしいところは、なんと言っても、サウナの暑さと、水風呂の冷たさですね。特に水風呂の方は、今まで入ったどの水風呂よりも冷たく、結構水風呂が得意な僕でも、最初に入った時は10秒ぐらいしか入れませんでした。冷たいというか、痛いというか。それぐらい冷たいのです。そんな極寒の水風呂に、サウナでじっくりと温めた体で入るとそれはもう本当に気持ちいい。でも冷たい。でも気持ちい。でも冷たいよ〜。でもまだ隣のやつ入ってるし。と、また謎の勝負をおっぱじめるのが男子の性であるのでございますが、そんな感じで水風呂に入っていると、吐く息が白くなってくるのです。そして気道が冷たく感じられてくると、もう上がるのにちょうどいいタイミング。ここで上がらなければ、その後には、体の芯がポカポカしてくる感覚や、頭がグラグラ揺れる感覚や、ボーッとしてくる感覚を味わうことになるのですが、そこまでする必要はありません。頃合いを見計らい、水風呂から上がって浴場の椅子で暫し休憩していると、なんだか頭がほわーんとしてきて、幸せな感覚に包まれます。あ〜気持ちいいな〜と。それは1日の疲れをとるためには最高の休息であるわけです。こういったサウナ、水風呂、休憩を繰り返すことがなんとも気持ちのいい銭湯の過ごし方なのです。

 

 でも注意してください。水風呂から上がり、休憩して気持ちいいな〜と思っているとき、人は大抵、腑抜けの殻みたいな、というか、イッた後みたいな顔になってますから。僕も最初、浴場で体を洗うでもなく、ひげを剃るでもなく、ただぼーっとイスに座っている男性諸君を拝見したとき、この人たち何やってんのwwwという笑いがこみ上げてきて、それを必死に隠すべく、ひとりシャンプーに全神経を集中してました。変な感じだったな〜、あの人たち。お猿さんみたいでした。まあしかし、僕もその気持ち良さを知ってからというもの、同じように浴場の椅子に腰掛け、ダラーんとしていますが、決して顔を見せないように、イスラーム世界の女性がかぶるブルカの如く、タオルを顔にぶら下げています。これで僕のアヘ顔を世間様に晒すことはございません。

 皆さんも是非、池尻付近を通りかかった際には文化浴泉へ。大正ロマンを感じる浴場があなたを別世界へ運んで行ってくれますよ。

 

 

 

 

おしまい